ボーナスの時期なので、お金の使い方について書いてみる。お金は資本主義経済において避けては通れない。お金を得たら平均的な人は何を考えるだろうか。欲しいものを購入したり、ローンの支払い、子供の教育資金にあてたりするのだろうか。僕はなるべくお金は使いたくないと考える。物が溢れた状態は居心地が悪いと考えるからだ。何が自分にとって必要かを考えると自然とお金の使用量は減っていく。現在社会において人の欲望、不安、虚栄心をあおって物を買わせようと本当によく考えられたマーケティングが行われている。それに気づかないと物に溢れた生活になってしまう。
 そういったことに少しずつ気づきはじめ、書籍や動画でお金について学んで実践した。そうすると貧乏になる行動。お金持ちになる行動との間には大きな違いがあることに気付かされる。そこで可能な限りお金持ちの行動やマインドを学び実践することで私自身、ある程度の資産を築くことが出来た。それが学習によるリターンだと考えると効果的なお金の使い方ができたと思える。
 しかし、ここで少し問題が生じ始めた。というよりも更なる気づきを得てしまった。会話の中で私の考え方を話すと不愉快に感じる人が一定数いるということだ。一緒に会話していても居心地の悪さを感じてしまうことがある。世の中には色んな人がいるので、自分とは違った文化や考えを持つ人と話すのは新たな気づきを得られて楽しいと私は感じる。社会人になって違う国の人と話すときも、とても刺激的だった。日本では政治や世界情勢を話せるような友人は限られていたが、海外ではそういった知識や考えは必須だった。英語の国際試験ではこういった知識がもとめられるものがある。しかしこういった話題は日本人?ある層の人々には違和感を与えてしまう。お金の話なんかはもってのほかみたいだ。ある層の集団にいると私の発言やマインドは変わってるととらえられる。しかし私が尊敬する人々の中での会話ではいたって普通の発言でありマインドだった。なんならアドバイスをもとめられることもあった。
 差別をするのは自分の器を狭くするため成長には適さない。しかし区別はしてもよいのではないか。私を嫌う人と無理に話す必要はないと考える。これは嫌われる勇気から学んだことだ。今、このブログを書いていて改めて思考の整理が出来ている。そして自分がいかに恵まれているかも再度認識できた。そういったことも踏まえ、これからも私が尊敬する人々を目標に常に学び実践していこうと思う。そして、数少ない私を仲間として受け入れてくれる人々を大切にしていきたいと考えた。

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投稿者

ako

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